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歌手「夏川 玲」の日常を、気取らず気ままに書き綴った日記です。

横の繋がり
数十年もの間可愛がってくださっている、
K先生の体調が思わしくない。
ここのところ、入退院を繰り返している。
先生は麻雀が大好きで、自宅の一室を麻雀部屋に改築してしまったほどだ。
全自動卓が設置され、あまり一般的では無いルールで行われる。

麻雀の約束していたのだが、また体調を崩され入院なさった。
しかし、どうしても麻雀がやりたいからその日だけ一時退院すると言い出した。
皆で説得したのだが、聞く耳持たずで・・・開催された。
奥さんの話では、寝言で「マンガン!」と言うほどだそうで、
心配しつつお付き合いすることになった。
K先生は一局目でいきなり国士無双を振り込み、
この日の麻雀は大荒れになることが予想されたが、
終わってみたら、意外や意外トントンだった。
私なんか、プラマイ0のつまらない内容だった。

***

こちらも長きに渡りご贔屓にしてもらっているKちゃん、
突然連絡が取れなくなってしまい心配していたが、
昨日ご家族から連絡があり、想像していた以上に大変な事になっていた。

無断欠勤をした事で同僚が心配して家を訪ねてくれて、
命拾いしたと聞いた。
私のようなフリーランスの場合、一日くらい連絡が取れなくても、
誰も気にしない・・・要するに急な病気になったときには助からないなとしみじみ。

***

先日行われたHさんを偲ぶ会の時の写真が届いた。
真ん中に座る息子さんが、あまりにもHさんにそっくりで、
一瞬本人がいると錯覚してしまった。

送ってくれたYちゃんにお礼の電話をかけ、Kちゃんの病気の事を軽く話した。

「そうなんだよ、一人もんが多いから、横の繋がりを強くしておくのは大事だよ。
それと、会える内に会いたい人にはどんどん会っておいた方が良い。」
どんな時にも面倒見の良い優しいYちゃんの言葉に、
「横の繋がり」について考えさせられた。

何かの縁で繋がった人達。
面倒くさがらずに、とりあえず定期的に互いに生存確認するのは大事だね。
そういう意味では、SNSも大事なツールの一つかもしれない。



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死刑執行と、豪雨と・・・・
私の朝は遅い。
深夜まで働くことも多い。
早く起きるように犬達に急かされ、仕方なく起きる朝もある。

一階に下りてテレビをつけると、『麻原死刑執行』の特番。

私にとってオウム事件は遠い過去の話ではないが、
気がつけば、20年以上も過ぎていたんだね。
地下鉄サリン事件が有った日、母からの電話で事件を知った。
「お姉ちゃん、まさかこんな早い時間に地下鉄に乗ってたりしないよね。」
当時の自宅は池袋だった。
当然事件が起きた路線に乗る事も多かった。
そして、普段乗らない時間なのにこういう時に限って乗っていたりするのが人生だ。
急いでテレビを付けると、信じられない光景が映し出された。

今回執行されたメンバーの一人が逮捕された瞬間を目の前で見た。
(たまたま潜伏先が自宅に近かった。)
きっとあんな下らない人に騙されてしまうほど純粋なのであろう若者。
彼は唯一私よりも年下だった。
執行されたほとんどが、それほど年齢の変わらない人達だ。
何故、あんなに優秀な若者達が吸い寄せられていったのか、
今も私には理解できないままだ。

学園祭に空中浮遊とやらを見せるために麻原が来たこともあったっけ。

渋谷で選挙活動をする、例の「ショーコー ショーコー アサハラ ショーコー♪」という、
歌を歌いながら踊るカラフルな象の被り物をしたお姉さんを見て、
寒い気持ちになったのを昨日の事のように思い出す。

思うところが沢山あるのだが、まとめられないや。

犠牲になった方の冥福を心から祈りたい。

***

やー、何だこの雨は・・・。
毎週通っている聖蹟桜ヶ丘には、「多摩川が決壊した場合、3メートル水に沈みます。」という、
警告が電信柱に貼ってあるんだ。
通っているお教室は少し高くしてあり、さらに2階なので生きながらえられそうな気はするが、
今回のような豪雨になったら多摩川だってわからない。

犠牲者が70人を超える勢いだ。
早く止んで!!

***

どこでどんな目にあうか・・・わからない。
毎日が覚悟なんだなと思う、今日この頃なのだ。

骨を拾う・・・・
悲しい知らせ
というタイトルで先月に書いた、Hさん死去の報せから一ヶ月以上が過ぎた。
やっと遺体の身元が特定されて、火葬の許可が下りたとの事。

要するに顔が判別できないので、もしかしたら他の人の遺体を自分に見せかけて、
本人は逃げてしまった・・・という可能性もあるということで、
本人確認をなければならなかったらしい。
直腸がんの手術をして数日後のジイさんが、もし誰かを身代わりにして逃げたとしたら、
それはそれで凄いよなと別れの宴で大笑いになった。

骨を拾う親族は息子一人しかいないと言う。
Hさんの親友の山ちゃんが、
「あんなににぎやかなのが好きだったオヤジの骨を拾うのが、
たった一人だなんて淋し過ぎるだろう。一緒に拾ってやってくれないか。」と言った。
そうだそうだ。Hさんはうるさいくらい賑やかで、本当に明るい人だった。
早速池袋ライオンメンバーにその旨を知らせ、私も行くことにした。

急な召集にもかかわらず、音楽家5名を含めた9名が駆けつけた。

笑ったのは、係員からは「参列者が集まったのなら、次の人が控えているから、
とっとと火葬場に集まるように。」と言われる。(とにかく、この人は無愛想で感じが悪かった。)
しかしだ・・・・肝心のたった一人の親族が来てないんだ!!

親族が到着して、いよいよ火葬となった。
幾つもある火葬炉の名札に「不詳 東京都○号」と書かれている。
そうか・・・誰だか判らないけれど、亡くなったから火葬しなきゃならないのか・・・。
複雑な思いだった。

終わるまでの1時間、係員から返してもらった遺品の手帳を見て、
「あー、この人には連絡しなくちゃ!」
「あー、この人と本気で結婚するつもりでいたよね!」
「あれ?あの人の名前無いね!」
「私の誕生日も書いてくれてる。」
賑やかなのが大好きだったHさんに相応しい、爆笑の時間となった。
とても悲しいんだよ、でも良いんだ。湿っぽいのは似合わない。
息子さんが、初めて聞くお父さんの面白話に半分呆れていたよ。

立派過ぎる人工関節が出てきた。
いつも「特大サイズのを入れている。」と訳のわからん自慢をしていたっけ。
みんな特大の人工関節を見て、
「Hさんに間違いないね。」としんみりしつつも笑ってしまった。

***
場所を池袋のライオンに移しての、遺骨を囲んでの別れの宴には、
地方から駆けつけた人達も加わり、尽きることの無い思い出話に花が咲いた。
誰かが言った。
「こんなに笑うお別れの宴なんて無いね。」と。

***
息子さんのビックリ発言に一同唖然。
「家を片付けていたら、20年前に死んだ兄の遺骨が出てきました。
オヤジからは、納骨したと聞いていたのに・・・。」
「僕は実の息子(今回DNA鑑定した。)ですが、戸籍上は養子なんです。」
「腹違いの姉がいるはずですが、所在は知りません。」等々、
最後の最後まで笑わせてくれたHさんだった。

日を改めて開催される「偲ぶ会」はとんでもないことになりそう。
合掌。







悲しい知らせ
可愛がって下さっている詩人の狩野敏也先生が、
ここのところ入退院を繰り返している。
回復して自宅に戻ると、また調子を崩してしまうとか。
高齢なので本当に心配だ。
隣駅まで行く用事が有ったので、お顔を拝見しに行った。
病室で俳句や詩の審査員の仕事や、執筆活動は続けているという。
思っていた以上にお元気そうで何よりだ。

私のライブで大声で歌ったり野次ったり(良い意味で)してくれる、
ある意味有名人?のHさん(多分、多くの方が「あの人ね!」と思ってくれるだろう。)も、
体調を崩して手術をしたと聞いた。
私と、狩野先生、Hさんとはマージャン友達でもある。

Hさんが国士無双を東で振り込んでくれたことがあった。
半年後、私が同じ東でHさんの国士無双に振り込んだっけ・・・。
とにかく、池袋ライオンで知り合ってから、
数十年もの長きに渡り、お酒天国を愛してくれるお客さんとして、
マージャン友達として、飲み友達としてお付き合いが続いて来た。

狩野先生が、
「もうすぐ退院だから、早速マージャンでもと思ってHさんに電話をしているが繋がらない。
どうしているのか。」と心配している。
まぁ、もし万一の事があれば、ライオン連絡網で必ず知らせが来るだろうし、
私が知っているのは、術後の経過が良いので体調も良く、
「10日間の禁酒が辛い。」と笑っていたというところまでだ。

大丈夫だろうとは思ったが、念のためHさんの親友の山ちゃんにその場で電話をした。
(Hさんは携帯を持っていないのだ。)
山ちゃんも「息子から何も言って来ないし、大丈夫だろう。」との事。
安心してその旨を狩野先生に伝え、
「次のマージャンでは病み上がりのお二人を木っ端微塵にしますよ!」などと軽口を叩いていたら、
山ちゃんから折り返しの電話が。

山ちゃんが、言葉を選んでいるのがわかる。
実は、これまで私が山ちゃんに誰かの安否確認の電話をすると、
ろくな事が無いんだ。
だから嫌な予感がして息子さんに確認の電話を入れたと言う。

Hさんは既に亡くなっていた。
息子さんいわく、
病院から「定期健診の日にお父さんが現れない。」と連絡があり、
家に様子を見に行くと、既に亡くなっていたという。
遺体の状態が酷く、本人と確認が出来ないために、
遺体は今も警察にあり、息子さんとDNA鑑定をして、
本人だと確定する作業中だとか。
亡くなったのは4月の中旬らしい。

こんな事って・・・・。
山ちゃんはいつも言ってたんだ。
皆年を取ってきているから、電話をしたり誘い出したりするのは、
生存確認みたいなもんだって。
狩野先生もマージャンの誘いとして生存確認していたのに。
ちゃんと皆が気にかけていたのに。

余りにも長く深い付き合いで、私をからかう声がはっきりと蘇る。
マージャンの時にはやたらぼやいて、うるさくて気が散ったもんだ。
二人揃って負けて、自棄酒を飲みに行った事もあった。
明るくて調子が良くて、お酒天国の時にトカゲの入ったお酒の空瓶を持ち帰り、
適当な焼酎を入れて、飲み屋の女の子を騙して飲ませたと大笑いしていたっけ。
96度のスピリタスを会場に持ち込み、散々飲んで泥酔した挙句に私に電話を掛けてきて、
「今年のお酒天国は最低だった!!!」と文句を言ったくせに、
数日後に会ったら、「あんなに面白かったのに、俺がそんな事を言うわけが無い!
電話を掛けた記憶も無い!」とか言いやがった。

思い出が有り過ぎる。
今頃、先に行った清史、藤田先生、椎野さん・・・・皆と再会して飲んでるかな。
私もいずれ行くからさ、それまで楽しくやっててよ。
またマージャンやろうね。

合掌。
心からご冥福をお祈り致します。





単なる徒然
今月も終わろうとしている。
森田浩貴さんとのライブも無事に終わり、来月は本番が沢山控えているので、
日々暗記。←本番直前の緊張とこの暗記が無ければ大好きな仕事なんだけど。

***

お見せしたくないので(笑)日程の告知はしないが、
女性ばかりの集団での芝居で、
菊池寛「父帰る」のお父さんを演じることになってしまった。
私が年老いたお父さんだよ!
それもやつれて落ちぶれた・・・。
どう見ても今の私は健康そのものでしょう。
着物を着て中にはランニングみたいな物を着るらしいが、
髪はどうするんだろうか???
ヘアドネーションに参加するつもりで伸ばしているので、
人生で一番長いかも知れない状態なのに。
まあ、決まったからには頑張るしかないけれど。

***

その前に「昔のテレビ局」という、
昔のテレビマンたちがこれから立ち上げるネットテレビ局の撮影に参加する。
私は、「あの世で逢いましょう(仮題)」という歌謡バラエティ番組の主題歌を歌うことになり、
その撮影に臨むことになった。
まずはパイロット版として、「2050年はどうなっているか。」を、
出演予定の方それぞれが語ったり演じたりするらしいが、
私もその中の一員として、パフォーマンスもすることになっている。
出演者の中には驚くような人がいて、この先が楽しみなような、怖いような。

***

色々と声を掛けてもらえるのは嬉しい。
でも身の丈に合わず、何となく迷ったり違和感を感じたときに、
若い頃のように「無理してでも何とかしたい!」という気持ちではなく、
「そんなに無理をするなら身の丈に合った活動を細く長く続けたい。」と思う自分がいる。

***

オリンピックが終わった。
日頃事務員として働いている人が世界で活躍し、
注目されるのは素晴らしい。

メダルを取った人もそうでない人も、
人生をかけて取り組む物を持っている人は素晴らしい。

それにしても、日本が活躍したときに祝福できないかの国の人は、
何だか心が貧し過ぎて哀れに思える。
世界がその行動を見ているということさえ解らないんだな。

***

さて、今回のコンサートは新曲ばかり。
「あなたに合う。」と言ってもらった曲のオンパレード。
言って下さった方が続々予約をしてくれて嬉しい反面、
期待はずれだと思われたらどうしようという苦しさが、
迫ってくるのだ・・・。

むむー。
18年春のライブ




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