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歌手「夏川 玲」の日常を、気取らず気ままに書き綴った日記です。

ブレのその後
発作は続き、ブレの調子は明らかに下降線。
もしかしたらこのまま死んじゃうのかも知れないと覚悟を決めざるを得ない感じ。
犬を見てもらっている獣医に連絡をしたが、「動物総合病院」の割には、
鳥を診察できるのは院長だけで、運悪く院長はお休みで、
鳥を診られる医師が一人も居ないという。
挙句の果てに「鳥の専門病院に一度連絡してみたら?」と言い出す始末。

検索して、藁にもすがる思いで電話。
その日は予約で埋まっていたが、翌日なら診察してくれるという。
果たして車で一時間近くかかる病院に連れてゆける状態なのかわからないが、
何もしなければ本当に死んでしまう。
「明日の様子にもよりますが、出来れば連れてゆきたいと思います。」と返事をして、
病院の指定した6時に予約を入れた。

その日の深夜にまたまた発作を起こし、
連れてゆくのは無理かと思ったが、朝には比較的ケロッとしていて、
その日は夕方の出発まで発作が起きなかったので、
キャリーケースに移して出発した。

途中で発作を起こして倒れて唸り始めた時には、
胃が握られたように痛んだ。
叫び声ではないとは言え、狭い空間で大きな声に聞こえる。
その後静かになったが、全く気配がなくなってしまったので、
本当に死んでしまったのかと思った。
信号待ちで覗いてみたら、低く設置した止まり木の上に、
うまい具合にペットシートがかぶさり、そこに頭を乗せて横たわり、
目は開けていて、覗き込む私を見返している。

病院に付く頃には意識もしっかりしていて、
抱えられたことに驚いてジタバタしている。
まだ19歳と、それほどの老鳥では無いこと、自力で食べていること、
糞の状態が悪くないこと、筋肉もまだしっかりしていること・・・・等から、
今から対処すればまだ大丈夫かも知れないと言ってもらい、涙が出た。

ブレは手乗りで、私には懐いている。
しかしだ・・・鳥に薬を飲ませるのは大変だろう。
嫌なことをした時の咬む力は半端じゃ無いし、
人の爪なんて簡単に穴が開く。
基本的には私の事は咬まないのだが、
今は絶対に咬まないとは言い切れないだろう。

粉薬を溶かして、スポイトで飲ませる方法を選択したが、
嫌がったときに、抱えて飲ませるのは苦労しそうだなぁ・・・と思ったのだが、
意外なことにブレはその薬の味を気に入ったようで、
スポイトを近づけると、自分から美味しそうに寄ってきて、
可愛い真っ黒な舌を動かしペロペロと舐めてくれる・・・。
嬉しい誤算。

病鳥看護なので、糞きり網から下を撤去して、
カゴだけの状態にして、床の上にペットシートを敷いてその上に直接置く。
落ちたときの怪我の防止と、糞の様子を見やすくするために、
止まり木を低く設置する。
元気なブレなら、ペットシートなんて数十分でボロボロにするが、
それをしないという事は、本調子では無いということだろう。

まだ動きはぎこちなく覚束ないが、
昨日一日は、発作を起こさずに過ごしてくれている。
私が覗きに行くと、嬉しそうに寄ってきて「撫ぜて♪」と頭を下げてくれる。
お見送りやお休みの挨拶や、
歌の練習中に一緒に鳴いてくれたりはしてくれないが、
その内いつものブレに戻ってくれるかもしれない。

ブレを引き取った当初に、ペレット(ドッグフードみたいな感じ?
鳥用総合食)をやったのだが、好まないようで全て捨てられてしまった。
今回薦められたペレットは、他のペレットが駄目でも食べる子が多いと言う。
試してみることに・・・。

やっぱり器用に選び取って全部捨てている。
調子の悪い時に、美味しく無いものを食べるわけが無いかと思いつつ、
目の前に座って、それを私が食べるのを見せて、
「昔のペレットと違って、美味しくなってるよ。ブレにもあげるね。」と、
食べかけを差し出すと、渋々受け取って食べてみている。
ぷぷぷ。食べてみたら美味しかったみたい。
自分から餌入れを覗き込み、ペレットを食べ始めた!
考えてみたら前回ペレットに挑戦したのは、17年も前の話だ。
品質も比べ物にならないほど良くなっているんだろう。
当時のペレットは、食べたら身体に悪いのでは?と思うほどの、
カラフルな色に着色された不思議な物ばかりだった。
ペレットを食べてくれれば、栄養の偏りの心配は無くなる。
好物をおやつとして与えれば良い。

死ぬことを覚悟していたので、
まだまだブレと一緒に暮らせそうだということに安堵している。
動物と暮らすって本当に大変。
でも素晴らしい。
これがブレヒトです。

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ジャッキーを亡くして一週間が過ぎた・・・
先週亡くなってしまったジャッキーに、
お花やおやつ、おもちゃが続々と届く。
ジャッキーが暮らしていたケージに、遺骨と一緒に並べさせてもらっている。
今更ながら、ジャッキーはこんなに皆に可愛がられていたんだなと思う。

忙しさで気がまぎれてはいるが、今朝も「ジャッキーは大丈夫かな?」と、
小屋を覗いて、そう言えばもう居ないんだった・・・と寂しく思った。
一週間が過ぎたが、まだ居ないことに慣れられない。
散歩をしているプードルを見るだけで、胸が締め付けられる。
幸い?最近は白いプードルは人気が無いので、
見かけることが無くて助かっている。

良かったなぁ、毎日忙しくて。

***

半月以上前に顔の簡単な手術をしたわけだが、
何と、全然治らず二度目の手術。

それでも治らず・・・紹介状を渡され総合病院へ。

もー、どうしてくれるのよ。
一応、今は女優よ。
顔なんだからさー。



ジャッキーが旅立ちました。
愛犬ジャッキー18歳3ヶ月が旅立ちました。
外出から帰って水を飲ませてやると、変わらぬ様子で喜んで飲み、
その直後、軽いゲップをしたなと思ったら舌がベロンと出て、
そのまま逝ってしまいました。

引き取って約16年。
一度も病気をせず、最期も特に苦しまずに、
あっさりと逝ってしまいました。

どんな犬とも仲良くできて、おとなしく聞き分けもよく、
引き取った当初はあれこれ困らされたものの、
穏やかな性格のジャッキーとの暮らしは、
私にとって幸せそのものでした。

幸せにしてあげることが出来たと思います。
最期の数日は介護らしいこともさせてもらい、
仕事の詰まっている日々の中で、
唯一お葬式が出来る明日に火葬することが出来ます。

私を待って水を飲んでから逝ってくれたジャッキー・・・、
天国で大好きだったキキと再会し、
一緒に私が行くのを待っていてくれるだろうと思います。

年内は、ジャッキーの名前の由来になった、
シャンソンの「ジャッキー」を歌いたいと思います。

私の息子になってくれて本当にありがとうジャッキー。
ジャッキーに会えて、一緒に暮らせて豊かな人生になりました。

覚悟は出来ていたはずなのに、こんなに涙が出るんだね。


ジャッキーに「ジャッキー」を聞かせてみた。ブレヒトに「ブレヒト」を聞かせてみた。
じゃっきー君♪
先月18歳になった我が家の白プー「ジャッキー」
半年くらい前から、いよいよ駄目かな・・・と思わされつつも、
突然復活し、今日を迎えている。
昨日の朝は全く動かなくなってしまったので、「死んじゃった???」と焦ったが、
突然息を吹き返し、(いや、実際は死んでなかったから単に熟睡していただけなんだろう。)
立ち上がって餌を元気に食べた。
脅かさないで欲しいよ、ほんとに。

元気そうに見えるときと、そうでないときの波の幅が狭くなってきた。
流石に覚悟は出来ているつもりだが、いざ死なれたら狼狽するだろう。

昨夜は調子が良さそうだったのでお風呂に入れて、
(立っていられないので、洗面台を工夫して寝かせたまま洗う。)
ふと思いついて、彼の名前の由来になった「ジャッキー」を聞かせた。
思えば、彼のためだけに「ジャッキー」をフルコーラス熱唱したのは始めてかもしれない。

「だけどこの世からオサラバした時 
驚いたことに天使を望んだジャッキー!」と歌いつつ、
死にそうな老いぼれ爺さんにこんな歌を聞かせるってどうなの??と思ってしまった。
彼は黙って、見えているのか見えていないのかわからない目で歌う私を見つめていた。

大丈夫。
望まなくてもジャッキーは間違いなく天使になる。
心の底からそう思った。

***

ぶーれん
私の肩に乗る怖い顔をしたこいつはヨウム(洋鵡)のブレヒト。
何となく、出会ったときにブレヒトって感じがしたから。
最近のやつのお気に入りは、やんちゃパピヨンのPimba(2歳♀)に
ちょっかいを出すこと。

Pimbaがカゴの近くを通ると、わざと大きな音をたてる。
(ヨウムは粉が凄いので、カゴの周りをアクリルケースで覆うのだ。
 そのアクリルケースにが大きな音が鳴るように、
 内側から水入れをガンガンあてる。)
Pimbaはいちいち相手になって首を絞められた様な声を出すんだ・・・・。

我が家で生まれたPimba。
生まれた瞬間から宝と思って大事に育ててきたのに、
どう考えても、近所から虐待していると思われるような声なんだ。
今にも絞め殺されそうな。
やめて欲しい。

前に書いたが、ブレは上手に歌えると一緒に歌ってくれる。
自宅に来てくれる生徒さんは、私が褒めるよりもブレが鳴く方が喜ぶ。
「ブレが鳴いた!上手に歌えたんだ!嬉しい!」
何か違うのでは無いかと思うが、まぁ良いかって感じ?

来月の上旬に歌う予定の現代日本歌曲は相変わらず、全然歌えないまま。
それでも毎日練習に練習を重ねている。
自分では少し歌えるようになってきたのではないかと思うのだが、
ブレが鳴かない。

ブレが鳴かない。
ブレが鳴かないんだ。


そうか、要するに歌えてないんだね。

ブレヒトの曲でお気に入りの「スラバヤ・ジョニー」を歌ってみた。

ピヨ♪ピー♪ピー♪
鳴いた!
そうか、これは歌えてるんだね。

で、現代日本歌曲に再チャレンジ!

「・・・・・・・・」

やっぱり鳴かない。

慣れない曲だから、歌えてるかわからないんだよ、きっと。
そうに決まってる。

嗚呼、この曲にブレが鳴いたら、私が泣きそう。



ジャッキー18歳になる!(これまでの犬たちの徒然・超長文)
我が家の白プードル「ジャッキー」が18歳の誕生日を迎えた。
じゃっきー君♪


ジャッキーはここからやってきた。
山梨放棄犬プロジェクト

正直、プードルを引き取るつもりは全くなかった。
別に好きな犬種でもないし、信念として好きな犬種を飼うべきと思っているから。

***

子供の頃に飼っていた「コロ」は私の誕生日にこの世を去った。
今では思い出すこともあまり無いけれど、
私があの世に行ったら、ちゃんと私だって解ってくれるのかな?

***

今も15年以上前にこの世を去ってしまった、
愛犬明日香(シェットランドシープドッグ)の写真が目の前に飾ってある。
親友であり、娘であり、妹であった明日香に死なれた時には、
決して大袈裟な話では無く、「この先、どうやって生きてゆこう・・・。」と思ったほど、
ガックリ来てしまったのを思い出す。

珍しい病気で亡くなった明日香は、獣医からの申し出で、
死後に解剖することになった。

まだ可愛らしい子犬だった時に発症してしまい、
最初の獣医は、「情が移る前に死なせてしまったほうが良いですよ。」と言った。
たった数ヶ月かも知れないけれど、可愛い可愛い子犬と暮らしてしまったんだ、
もう、情は移っているに決まっている。

安楽死させた方が明日香のためなのか・・・と思い悩んだ時、
母は言った。
「お姉ちゃん、それは犬だから迷うんでしょう?
人間の子供だったら選択肢は無いのよ。」と。

明日香が真夜中に酷い下痢をしてしまい、
そういえば、24時間診てくれる獣医さんが有った・・・と駆け込んだ先の獣医に、
安楽死をさせるように言われた旨を告げると、
「お嬢ちゃん、こんなに頑張って生きてるんだ、
この先大変なことも有るだろうけれど、責任持って診るから、
生かしてやってくれや。」と言ってくれた。

小澤先生は治療費をずっと月賦にしてくれた。
子犬の時に安楽死させるように言われた明日香は、
小澤先生のお陰で12歳まで生きることが出来た。

小澤先生の申し出に、解剖を快諾したら、
「せめてものお礼に、この子の葬式を出させてくれ。」と言ってくれた。
煙をぼんやり眺めていたら、先生が言った。
「お嬢ちゃん、犬は金を出して買うもんじゃねぇ。
引き取るもんだ。お嬢ちゃんがどれほど犬を大切にしてくれるか知っているから、
いくらでも紹介してあげるよ。また暮らす気になったらいつでもおいで。」と。

その時は明日香を失った悲しみが強すぎて、次の子と暮らす事など考えられなかった・・・。

***

のに!?
数ヵ月後には、寂しくて寂しくて私には犬のいない暮らしは無いんだなと知った。
先生の言葉を思い出し、インターネットの里子探しに書き込んでみた。
「2歳くらいまでで、毛が真っ直ぐな、マズル(鼻)の長い犬種希望。
犬の飼育経験有り。懇意の獣医も有り。女の子希望。」

いや、もう、驚くくらいの応募が有った。
その中で、「航空運賃を振り込んで下さるなら、すぐにパピヨンの♀2歳を差し上げます。
変わった性格なので、ブリーダーでの集団生活に馴染めません。家庭犬としてなら、
可愛いと思います。」
それを読んだ瞬間に心が決まった。
顔も見ていないけれど、詐欺かも知れないけれど、運命感じるからおいで。

5000円を振り込んだら、
「○月○日○時に貨物として届きますので、羽田の貨物受け取り窓口に行ってください。」
との事で、行ってみたら荷物の中で揺れている籠(出せ~!ともがいていた。)がある。
「あ・・・、多分それです・・・。」と受け取った。

籠を開けてご対面。
ひょっこり顔を出したのは、狸のような顔をした小柄なパピヨンだった。
訳がわからずキョロキョロするキキ(前の飼い主が付けた。)に、
「今日から私がお母さんだよ。」と抱きしめた。

しかし、キキは聞きしに勝る変わり者だった。
他の犬は一切受け付けず、でも凛としていた。

***

山梨放棄犬プロジェクトで、一時預かりを募集していた。
パピヨンの茶太郎君を預かる約束になったのだが、
直前になって茶太郎君は気に入った人が連れて帰ったので、
プードルをお願いできないかと言われた。

プードル・・・・「トリミングにお金がかかるし、
興味ないです。」・・・と答えたら、
「一時預かりですから、取りあえずお願いします。」と言われてしまい、
気難しいキキが受け入れたら預かると伝え、12月3日に会いに行くことになった。

「この子です。」
可愛らしいプードルを想像していた私は思わず絶句。
吠えすぎて声はかすれ、狭いケージにたえず頭を擦り付けながら左右に動くことで、
頭の毛が擦り切れ、大量の血を流している汚い犬だった。
「キキと仲良く出来そうなら預かります。」と伝えてあったので、
汚いプードルと対面させた瞬間に、キキがまるで労わるように寄り添って、
仲良く身体を寄せ合ったのを見たスタッフから大きな拍手が沸き起こった。

で、その汚いプードルが我が家に来ることになった。
「ダイヤという名前でしたが、これまでの悲しい人生を忘れさせる、
素敵な名前を付けて下さい。」と言われ、
シャンソンのレパートリーから、「ジャッキー」と名付ける事にした。

3歳だったジャッキー。
「これから、10年は一緒にいられるよ。必ず幸せにしてあげるからね。」と、
汚いプードルを引き取って、早15年。
よっぽど私との暮らしが快適なんだね。

***

キキは結局ジャッキー以外の犬とは一切仲良く出来なかった。

***

キキが12歳でこの世を去り、ジャッキーは寂しさで毎晩酷い夜鳴きをするようになった。
うるさくてどうにもならんので、お友達を探すことにした。
ジャッキーは他の子が全部大好きなので、
里親探しサイトで良さそうな子がいないか探していると、
子供を産み終わったパピヨンのメスを引き取らないかという話があり、
連絡を取ってその子に会いに行った。

でも、そこに居たんだ。
亡くなったキキにそっくりな顔をした、
気難しそうなパピヨンの女の子が。
売れ残ってしまい、繁殖業者に引き渡される寸前の9ヶ月の女の子が。

迷わず、その子に決めた。
「え?この子で良いんですか?」と不思議がられたが、
この子じゃなきゃ駄目だったんだ。
クッキーが来てくれた日から、ジャッキーの夜鳴きはピタリと止んだ。

***

そのクッキーがもうすぐ7歳。

***

ジャッキーは、目は見えていない、耳も聞こえていない・・が、
おなかが空いたら催促し、元気に食べて良いウンチをしている。

こうなったら、二十歳を目指すか・・・ねぇ、ジャッキー。
何だかもー、生きているだけで有り難いような気がするよ。
この際だから、好きなだけ生きていれば良いよ。
面倒みるから。








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