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歌手「夏川 玲」の日常を、気取らず気ままに書き綴った日記です。

第1999回「好きな花火の種類は?」
FC2 トラックバックテーマ:「好きな花火の種類は?」



日記の再開を待ち望んで、時折覗いていたと複数の人から言ってもらった。
以前も何回か書いたことがあるが、
今回は久々に、このブログが開催している「共通の話題でブログを書く・・・。」という催しに乗ってみよう。

好きな花火の種類は・・・?というお題だ。
真っ先に浮かんだのは、面白いんだか面白くないんだか微妙な線の、
「蛇玉」という花火だ。

蛇玉、知ってます?

華やかさも美しさも儚さも情緒も、何も持ち合わせていない「蛇玉」。
何の目的で作られたのかさえ、良くわからない「蛇玉」。

私の記憶では、箱に入っていたのだが、
どうやら最近は袋にはいっているんだね。
名前も、シンプルな「蛇玉」から「マジック蛇使い」というハイカラ?な名前になっている。
最近は袋に入っているんだね。

見た目はご覧の通り、単なる真っ黒い小さな塊だ。
それに火をつけると、もうもうと煙を上げながら、
こんな風にびろびろ・・・と黒いものが伸びてくる。

ただそれだけ。

この黒い物体はとても柔らかくて、触れば一瞬で粉になってしまう。
(あ、そういう意味では儚いとは言えるか。)
ヘビ球

で、何で好きなのかと聞かれたら、
「煙の独特の香りと、圧倒的な無意味さ」だろうな・・・。
しばらく見ていないな。
今も売っているなら買ってみよう。
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中央大学二輪愛好会創立40周年記念
台風11号がのろのろと日本を縦断する最中、
学生時代に所属していたサークルの創立40周年記念ツーリングが岐阜の
鷲ケ岳高原で開催された。

5年毎に開催されているこの催しには、全国(この催しに合わせて海外から帰国する人までいるので、
全世界・・・)からメンバーが結集する。
今回は創設メンバーから現役大学生まで60名が参加した。

車やバイク関係の仕事に付いたメンバーが多いのだが、
中には楽器作りで海外で賞を取った人や、私のように音楽家になった人、
物書きになった人など、案外多彩な顔ぶれが揃っている。

御自分の作った楽器で演奏したいと言う先輩の申し出を受け、
二人で「私の心はバイオリン」をサプライズ演奏させてもらった。
演奏させてもらいました~。
ワンピースに緑のスリッパというのが何ともいえない・・・。

去年まだ53歳の先輩が病気でこの世を去った。
5年毎に会う先輩達の髪には白いものが目立つ。
驚くほどデブになった人も多い。
同期が30キロ増になったのを見て、
わが身を振り返るのと同時に、早死にしないでおくれよと心から願った。
二輪会は永遠なり?

私はすでに10年前にバイクを降りてしまったので、
車での参加だが、(記念撮影の後ろの方に、小さく写るように入れてみた。)
なんと、現役当時のバイクで参加しているメンバーが数人いる!
74年製、75年製のバイクが並ぶのだから呆れてしまう。
残念ながらそのバイクはメンバーの後ろに隠れてしまっているが・・・。
こわれたオヤジ達

高速の分岐点でメンバーと別れ、高山市街→安房峠→少々高速→
途中で降りて韮崎で「おざら」を食べ→もう一度高速に乗りなおし帰宅した。
こうして前日まで持参する予定の無かったデジタルピアノとアンプを積んでの、
約1000キロの旅は終わった。
帰り道のサービスエリアで

5年後は我が多摩支部が幹事になるようだ。
幹事長は、Tさんに決まりだが何だかんだ言って、
私は役に立つと思うよ。


献血引退!
ひっそりと再開したこの日記だが、
本当にちゃんと読んでくれている人がいるんだね。

私は胎盤早期剥離という状態になり、
帝王切開によって取り出された。
その際母は輸血を受けた。
誰か知らない人の善意の献血が母の命を救ってくれた。

16歳の時に原付バイクの免許を取りに行った。
運転免許試験場には必ずといって良いほど献血車がいる。
免許が取れて気分が良かったので、献血をしてみた。
それが私の献血人生の始まりだ。

輸血を受けてしまった母は献血が出来ない。
ある日母は言った。「私は献血が出来ないから、お姉ちゃん(私)が
私の代わりに献血して恩返しして」と。

それもそうだと思い、免許の書き換え、高校の文化祭にやってきた献血車・・・。
取りあえず見かけたら献血する事にした。

最初は200cc献血しかなかったが、しばらくして400ccの献血が始まった。
当時は200は1回、400は2回分と数えたんだよ。

その後「成分献血」という、遠心分離機を使って必要な物だけ取り出し、
残りは体に残すという献血が始まった。
身体への負担は少ないかも知れないが、
やたら時間もかかるし、成分献血は3回分と数えたものだった。

話は逸れるが、成分献血で血液を身体に戻す際に、
クエン酸を混ぜて戻すのだ。
私はそのクエン酸に過剰に反応する事があって、唇が物凄く痺れる。
他の人もそうなんだろうと思っていたが、(誰もそんなこと話題にしないし、
比べようが無いからわからんのよ。)どうやら、私は特に酷いらしい。
余りにもひどくて、途中で献血をやめてもらった事もあった。

話を戻そう。
私は血管が細く、献血で使えるのが右の一箇所だけ。
そこに何度も何度も針を刺してきた。
なかなか見事な針跡だ。まさに名誉の傷だけど。
この頃はベテランの人しか刺せなくなってきた。

もう限界かも。
99回目の献血を終えたときにそう思った。
キリも良いし、次の献血で引退しよう。
十分恩返し出来たろう。

と、思っていた矢先に献血センターからお願いの手紙が来た。
白血球の型が同じ患者が血小板を必要としているので、
献血してもらえもらえないかという、特定患者献血の依頼だった。
私が献血する日程で、相手の患者の治療の予定を組むという。
責任重大な任務だ。
実に引退に相応しいではないか。

引退するぞーっ!

これにて献血人生から引退・・・・。
あ、今回みたいに御指名をいただいた場合は別ね。
その際は気持ち良く応じるつもり。


3回目の紙漉き教室
写真を貼らなくて良いなら、こっちの日記の方が楽なんだ。
書きっぱなしで放っておけば良いから。

時折面倒だと感じる事があるのも確かだが、
facebookは気楽に写真が貼れて、反応もリアルタイムで面白い。

ただ、昔懐かしい沢山の人と再会(PC上だが)出来たのは本当に嬉しい。
その点だけでも参加して良かったと思っている。

***

お酒天国の翌日、紙匠「雅」さんの店頭で開催されている、
田村正師匠の指導による「紙漉き教室」に参加した。
これで3回目の参加となる。

原料のチリ取りや、棒で叩く作業から始まる。
ご一緒したのはすでに5回目の参加となる折り紙作家さんだった。
この教室は月に一回の開催で、参加出来るのは2~4名と大変少なく、
名乗り出た者順に参加が決まるというサバイバル教室だ。
たまたま日程が決まり、facebookに掲載された瞬間に記事を目にしたので、
迷わず(すかさず?)参加を表明した次第だ。

師匠はこのところの私の不調もご存知だったし、
ましてや前日にコンサートがあり、
打ち上げで盛り上がるであろう事も察していらっしゃったので、
顔を出した瞬間に「まだ酔ってるんじゃないの?大丈夫?」と言われてしまった。
心配は無用!この楽しそうな顔を見て。
この嬉しそうな顔を見て!

前回の創作和紙は、もうすぐ17歳になる愛犬プードル「ジャッキー」の毛を、
楮と一緒に紙に漉き込むという、師匠にとっても始めてとなるチャレンジだった。

2枚の大きな和紙を作った。
ジャキ毛を染めて使えばもっと面白かったかもしれないが、
そのまま持参したので、一枚は楮の色と殆ど変わらず、
言わなければ犬の毛が漉き込んであるとは誰もわからない作品となった。
もう一枚はジャッキーの毛で紡いだ毛糸も配置し、
彼の天然振りを表現してみた。
私にとってはお気に入りの一枚となった。
写真は前回の様子。
全然気が付かなかったが、同じ格好で参加したらしい。
前回の様子

しかしだ、白プードルの毛ではあまりにも色味が地味なので、
今回は原料を顔料で染めてから漉き込んでみた・・・・。
だが、思ったほど色味が出ず、今回の経験で得たことを次回に活かして、
8月に再チャレンジすることにした。
その日は年に一度の「親子で紙漉き体験」や、道行く人にひしゃく一杯の楮をかけてもらい、
4メートルのロング和紙を作るというイベントも同時開催されるので、
道行く人や子供達に、無邪気に作品作りに熱中する姿を見てもらうことになる。(笑)

ロング和紙作りに参加してくださった方に、
抽選で(何人目に参加したか書かれた番号に印が付いていたら当たり!)賞品がもらえるのだが、
その賞品の一部として、私のサイン入りCDを提供することにした。

今から楽しみだ。
そうそう、師匠作3年物の味噌と私作2年物の味噌を交換した。
良いもんだな・・・・こういうの。
ご指導下さる田村師匠と真剣な面持ちの私。
真剣そのものの表情なのです。





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