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歌手「夏川 玲」の日常を、気取らず気ままに書き綴った日記です。

戸川昌子先生逝去の一報・・・
約3年間、戸川昌子先生のシャンソニエ「青い部屋」で、
修行をさせてもらった。
オーディションの後、先生に「あんたは面白い裏声を出すね。
あたしは何にも教えない。先輩の芸を盗んで、お客から色々教わりな。」と言われた。

週に2日~3日、お店のお手伝いをしながら前座として歌わせてもらった日々。
あれから20年以上の時が流れたんだな。
つい最近25年前のことを書いたが、
その時に芸能界に嫌気が差して、本当に歌いたい歌を歌わせてもらえる場所を求め、
たどり着いたのが「青い部屋」だった。

普通に歌っていては、目の肥えた青い部屋のお客さんには相手にされないんだ。
何か他の人がやらない事をやらないと。
声が細くて音域の狭い私には苦悩の日々だった。
色んなことをやらされた。
個人的には「テーブルの上に胡坐をかいて歌え!」だの、
「炭坑節をエンドレスで踊り続けろ!」だの。
イベントではこんな風に踊らされたりとか。
真ん中の赤いリボンのお下げが私だ。
いろんなことをやらされた。

ある日の出演者。
こんな写真でも取って置いてみるもんだね。
KIYOから芸名を変えたので、お客さんが記念に撮ってくれたものだ。
この階段を下りると、パンティが灯りに被せてある、あの「青い部屋」が待っていた。
取っておいてみるもんだね。

戸川先生はお客いじりが本当に上手くて、
お客さんはからかわれたくて来ているように見えた。
私もいつか、こんな風にお客さんとステージ上で喋れるようになるぞ!と
先生の技を見つめていたもんだった。
戸川先生

青い部屋が無くなってしまう直前に、名物の月曜シャンソンコンサートへの出演を直訴した。
あの日は大雪でお客さんがたどり着ける状態では無く、
我々も帰れなくなるので、ステージは中止となってしまった。
それでも先生が、「久しぶりに帰ってきたんだから、歌を聞かせろ。」と言いだし、
何だかんだで10曲近く一人で歌わされた。
相変わらず先生は、何にも言ってはくれなかった。

その後も何度かコンサートでご一緒させてもらったが、
先生の歌を聞いていて、ある時ふと、これまで意識していたわけではないけれど、
もしかすると私が目指しているのは、戸川先生の芸なのではないかと思った瞬間がある。
上手く言えないが、泣かせる歌を歌ったかと思うと、本当に下品な娼婦に変身する。
歌の技術的な上手さなんてどうでも良くて、その瞬間圧倒的に「戸川昌子」なんだ。
私に足りない物を見せ付けられる瞬間でもある。

今の私があるのは、あの日戸川先生が拾って下さったお陰なんだ。
ずっと、ずっと、ずっと心の底から感謝し続けてきた。
お客さんの前で何でも出来るようになったのは、
先生が色々命令してくれたお陰なんだ。
あれが戸川先生流の育て方だったんだ。
当時からわかっていて、何とか期待に応えたいと思って・・・今が有る。

あーあ。戸川先生も逝っちゃったか。
化けもんみたいな人だから、死なないような気がしてた。
5月のアーリーで、先生から盗んだ曲で勝手に追悼しよう。

合掌。





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一駅散歩
決して運動不足では無いが、
一駅散歩が私のお気に入り。
ちょっと時間があると、一駅歩くことにしている。

今日は池袋からの帰りに、山手線の新大久保で降りて久しぶりに韓流通り
(要するに駅前の道を、駅を背に右ね。)を歩いてみた。
特に欲しい物も無く、ウィンドウショッピング。

大久保駅から中央・総武線に乗るつもりが、
気が向いて東中野まで一駅散歩することにした。
池袋に住んでいた頃は、今は亡き親友と一緒に東中野の名物ママさんの店に
良く行ったもんだった。
線路脇を歩くだけなので距離も無く、見知った建物や店も無い東中野に到着。

もう少し感慨深いかと思ったが、肝心の通っていたお店の場所すら思い出せない。
ママさんも亡くなっているし。
そういえば、あのママさんは男性だったなぁ・・・。

***

まだ明るい。
中野まで歩けば中央線の快速や特快に乗れる。
東中野で乗っても三鷹あたりで乗り換えなければならない。

という訳で、二駅散歩。
途中お兄ちゃんから「みしょうかん」という柑橘を売りつけられた。
これも縁かなと言い値で買い取り、
それで水分補給をしながらひたすら中野を目指す。

一駅散歩で面白いと思うのは、
歩みを進めると、少しづつお店が無くなり、
アパートやマンションの名前が変わって行く事だ。
当然最初の内は、「メゾン東中野」だったりするが、
「メゾン中野」になり、お店が増え始めマンション名が「メゾン中野ステーション」になる。(一例)

電車は混んでいたが運よく座ることができ、
基本的には電車では寝ない主義なのだが、
珍しく寝入ってしまい気づいたら一つ手前まで来ていた。

***

都心で仕事をする事が多い。
もし大地震が来たら、歩いて帰らなければならないだろう。
我が家は免震だし余程の事がなければ倒壊は免れるだろうが、
私しか頼りがいない可愛い犬達のためにも一分でも早く自宅に帰らなければ。
奇跡の一枚?

そうなると都心から自宅まで歩くことになる。
池袋から自宅まで約30キロ強。
平時に何となく歩いておけば心強いかもしれない。
そんな意味もあって、気が向いた駅で降りて歩いている。

意外な店を見つけてワクワクするのも楽しみの一つなのだが、
わざわざ次に訪ねるなんてことは無いんだな・・・・・これが。




お酒天国の企画を決めたら・・・・ゲゲゲッ!?マジ???
今年も近づくプレッシャーの日々。
恒例のバースデーライブ「お酒天国」がいよいよ迫ってきている。
何せ今年は25周年記念だ。
今日はチラシが手元に届いた。
お酒天国2016チラシ!

デビュー30周年が重なっているので、真面目?な曲を歌う一部では、
過去にメジャーレーベルから出版した数少ないオリジナル作品を、
一挙に聞いてもらおうという企画にした。
知っている人は全曲知っているけれど、知らない人は一曲も知らない・・・・
みたいな感じになるが、このライブだけは好きにやらせて!

記念公演なので、これまでにやらなかった事をやってみようと思い立ち、
オリジナル曲を全曲カラオケで歌うことにした。
毎年楽譜を作るだけでも相当大変なのだが、オリジナルのカラオケなら
すでに全曲有るし、当たり前だが歌詞を覚える苦労も無い。
その分2部の方に集中出来るだろう。
チラシにも「オリジナル音源で振り返る自分史」という、
いかにも記念公演っぽいタイトルを入れて印刷に出した。

早速カラオケで練習を開始しようと思ったのだが・・・・・。

何と!!
CDにはオリジナルカラオケが入っているものだと勝手に思い込んでいたが、
デビューシングルにはカラオケが入っていない!!!
ゲゲゲッ!?マジ?????

手元にあったカラオケはカセットテープに入れてあるものだった。
何とかそれをCDに出来ないかと再生してみたが、完全に劣化していて
ふにゃふにゃした音が聞こえてくる。
こりゃ駄目だ・・・。

最近は歌入りのCDから歌を消すソフトなども出回っている。
仕方が無いから自分の声を消すしかない。

先ずは取りあえずパソコンに取り込もうと思ったのだが、
私のパソコンのCDドライブは縦に出てくるように付いているので、
シングル用の溝にCDをはめても落っこちてしまう。
(解るかな?昔のシングルCDだからサイズが小さいわけね。
まわりに嵌めるアダプターなんて今さら無いし!)

CDドライブにシングル用の溝は有るのよ。
仕方が無いからパソコンの本体を寝かせて投入。
もう、ほんとに「何やってんだよ、私。」という感じだ。

最新のボーカルキャンセラーを数種類試してみたものの、
最近の音源ならともかく、30年前に録音された古い音源では
残念ながら音質が悪くなるだけで、ボーカルは消せなかった。

これから自分でオリジナルに似せたカラオケを作るという選択肢も有るが、
最近打ち込みやってないし、どうにも気持ちがそちらに向かないので、
思い切ってプロに作ってもらう事に決めた。

嗚呼、一本面白いお酒があるんだけれど、どうしても歌がみつけられない。
本番前に何か閃けば皆さんと一緒に飲めるんだけど。
今年も頭の中がぐちゃぐちゃになる日々が来た。

そして今日、お客様から「しょうが」のお飲み物が届いた。(笑)

*****

チケットの発売開始は、5月1日を予定しております!!
このブログへのコメント「管理者のみ閲覧」でもチケットをお受けします。




何にも出来ないから献血・・・というのも違うけど。
去年の今頃は原因不明の「声が出なくなる。」症状に悩まされ、
ステージをお休みさせてもらったり、ご迷惑をお掛けしてしまった。
ご心配のメッセージをいただくが、今年は大丈夫みたい。

***

私は胎盤早期剥離という状態で、
母はまさに命を懸けて生んでくれた。

もちろん、どんなお母さんも命がけなのだが、
父は「奥さんとお子さんのどちらの命を優先しますか?」と聞かれ、
「子供にはまた恵まれるかもしれないけれど、妻は唯一無二の存在差から妻を・・・。」
(と、口にしたかどうかは解らないけれど、
お祖父ちゃんに宛てて、父がそのときの気持ちを書いた手紙には、
そう書いてある。)
50年近くも前の医療だし、今とは事情が違うだろう。

私は九死に一生だったらしい。
私を生むために大量の輸血を受けた母。
輸血もしているし、何より血管が細すぎて母は献血が出来ない。

ある日母が言った。
「お姉ちゃん(私)、私は献血が出来ないから、代わりに恩返しして。」と。
それが献血をするきっかけになった。

私は血管が細くて、右の一箇所からしか取れないんだ。
おまけにクエン酸に過剰反応して、(血液を体内に戻すときに、一緒にクエン酸を戻すそうだ。)
成分献血の時に唇が痺れて、(唇だけじゃない。体調によっては血の気が引くみたいな感じ。)
成分献血はとても辛いんだ。
初回からそんな感じだったもんで、成分献血は辛いと勝手に思っていたのだが、
そんなことは無いらしい。
おまけにアレルギー持ちで、止血のテープにもかぶれる。

それでも母に血をくれた方への恩返しのつもりで献血を続けて来た。
直近数回は、血管を突き破られてしまって中止になったり、
ここまで無理して献血しなくても良いかも・・・と思う出来事が重なったんだ。

それで目標だった100回に到達したので、Facebookでは引退を表明した。
白血球を登録しているので、型が合うと指名で献血要請が来る。
それにお応えするのはやぶさかではないが、それ以外はもう良いかと思っていた。

***

住まいの近くの献血センターに貼り紙が。
「このセンターでは、要請が少ない200CC献血は行いません。
400CCのみの受付となります。」

今はご迷惑になるだけだから九州に行くわけにも行かないし、
良くわからない感情なんだけど、役に立たなくても何かしたい・・・と思い、
禁を破って101回目の献血をしてしまった。

***

嗚呼、バイクで九州を34泊で周ったのは30年も前の話だ。
その後何度とも無く九州を旅した。
お世話になった方はどうしているのだろう。

***

これまでCDの売り上げは全て東北の震災に寄付してきた。
これからは、東北と九州の半分づつにしよう。

***

あんまり歌っていない自分がいる。

***

歌うこと以外何にも出来ないのにね。



今年も発表会終わる
2016発表会集合写真!

4月3日の日曜日、2016年度の発表会を開催した。
今年はピアニストの斎藤美香さんの他、べーシストの三田貴之さんにもご参加いただき、
賑やかで楽しい会となった。

黒一点となったO君はいつも元気一杯。
良くこんな訳のわからん歌詞を覚えられるものだと感心した、
「千本桜」と自身の経験になぞらえて選らんだという「全力少年」にチャレンジしてくれた。
本人は練習不足で物足りない結果だったようだが、勢いは買いだ。

数年ぶりに参加してくれたMちゃん。
私のところに来てくれた時にはまだ中学生だったMちゃんが、
大学を出て4月から社会人になった。
それだけで感慨無量だったが、「Let it go」「さくら(独唱)」とも、
大人の女性になったんだなと感じさせる歌声だった。

初参加のRちゃん。
彼女も私のところに来てくれた時にはまだ高校生だった。
緊張したようだったが、「桜色舞うころ」「Glamorous sky」を、
前日から鼻かぜを引いてしまったとかで、ちょっと心配したが、
持ち前の可愛らしさ満載で歌いきってくれた。

同じく初参加のMちゃん。
この日が誕生日だったMちゃんを皆で盛大に祝った。
「春を愛する人」「夜桜お七」ともに、桜満開に相応しい選曲で、
初参加とは思えぬしっかりした歌を披露してくれた。

いつも見違えるほど変身して楽しませてくれるTさん。
私がそそのかしてしまい、かなりの難曲にチャレンジしてくれたのだが、
見事に「SAKURA」「好き」を歌いきってくれた。上手くなったなあ・・・と感激。
アンサンブルの「夜空のムコウ」も本番はなかなかだった。

突然のロングヘアに、一瞬誰だかわからなかったMさん。
年齢を全く感じさせない体型と雰囲気に、いつも刺激を受けている。
こんな綺麗な奥さんならそりゃ、旦那さんも写真も撮りたくなるよね。
「チェリー」「Woman」ともに、曲の雰囲気を良くつかんでいた。
アンサンブルの「夜空のムコウ」は難しいパートを割り振ったが、
見事に仕上げてくれた。

毎回オリジナル曲でチャレンジしてくれるTちゃん。
この時期は花粉症で辛そうなのだが、「桜」「神様(オリジナル)」を
歌いきってくれた。
私とのアンサンブル「何度でも」でハモリパートにも果敢にチャレンジして、
これからが楽しみだ。

大活躍だったMちゃん。
「さくらんぼ」では数年前から始めたギターも板についていた。
「朝日楼」は同じメロディで物語を作り上げなければならない難曲だが、
果敢にチャレンジした姿勢は良かった。
アンサンブル「夜空のムコウ」でも難しいパートを担当してくれた。
そして何より、閣下の手助けをしてくれた。

毎年奇抜なアイディアで会を盛り上げてくれるSさん。
Mちゃんのアシストもあり、大トリを見事に果たしてくれた。
中途半端なことをされると見ている方が困ってしまうものだが、
ここまでやれれば、納得だ。
「サクラ色」では切ない心を、「蝋人形の館」では会場を大いに沸かせてくれた。
アンサンブルの「夜空のムコウ」でも持ち前の歌唱力で安定感を見せた。

みんなの腕がどんどん上がって行く。
それはとても嬉しいことだ。
でも、無事に望みを叶えてあげるのが大変になってゆく。
私自身が勉強して行かないといけないと改めて思った。

打ち上げも盛り上がり、素敵な1日となった。




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